7歳前後の子供の少食と偏食は「食べなさい」と言うだけでは意味が無い?子どもの食事の見守り方とそのポイントにについて。

「献立塾」主宰の小寺美江です。本日のテーマは「食べる事」と「子どもの繊細性」についてテーマです。子どもの少食や偏食を改善していくうえで、欠かせない視点をお伝えします。
ーーーーーーーーーーーーー

望ましい食生活を習慣化する方法は、単に「栄養バランスの良い献立の見本を見せればよい」ということでは、絶対に、絶対に、解決しません。むしろ、その見本こそが、世のお母さんたちを苦しめます。

「子どもが食べてくれない」
「すごく偏食」
「食事量が極端に少ない気がする」
「発達曲線から外れていて心配」

このような「子どもの食事のお困りごと」を抱えててらっしゃる方は、

「こんなに食べなくて 生きていけるんだろうか?」

「この子はこのまま病気しやすい体質になってしまうんじゃないだろうか?」

「頭の悪い子になって将来、すごく困った人生になってしまうんじゃないだろうか?」

このように悩みがちです。食事は脳に影響を与えますし、人は習慣に支配されていますので、そう思ってしまって当然の節もあります。(私自身もそう思った経験あります。)

結論から申しますと、

〇食べさせているもの
〇食べさせている量
〇食べる習慣

が、

繊細性を強化していまい、
より困難な路線へと進んでしまうケースと、

★現状に合わせて上手いことお母さんが
調整出来ていて、

世間的に見たら、「そんな食生活で大丈夫?(栄養バランスがすごく悪そう)」と思われていても、大丈夫なケースがあります。

食べない子って、性格的な面で「慎重」「怖がり」「石橋たたき系」「言葉が遅い」「一人遊びが好き」「頑固」「競争に興味がない」などの特徴があります。(必ずあるというわけではありません。)このようなお子さんは、味覚がお母さんの想像以上に繊細なので、

「なんでこれは食べれて、この料理にすると食べられないの?」「味噌を変えただけなんだけど」「匂いだけで嫌って…勘弁してよ!」

というような、自分では理解不能なめんどくさいと感じることが
日常で頻発します。「このくらい我慢しなさいよ」と思ってしがいがちですし、イライラしていると子供に「食べなさい!」と声を荒げたり、不機嫌そうな顔をしてしまったりします。

残念ながら、生まれ持ったお子さんの「味覚」の感じ方の特徴をガラリと変えてしまうことはできません。髪の毛の色や、目の色と同じように、「生まれ持ったもの」というのは変わらないのです。

「子どもが好きなレシピ」や「子ども向けお弁当レシピ」などで
頑張って作っても、無駄になります。

では、このようなお子さんの食事作りを
どうやって行けばいいのでしょうか?

私は、以下の視点を大切にしてます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
①食べたものが、どのように吸収されるのか?栄養素が体の中でどのように働くか?というメカニズムをお母さん自身が知る。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

※まだ未知の分野もたくさんあります。だからこそ、お母さんたちは原始的なメカニズムだけを押さえておけば良いです。

 

まずは基本的なことを知れば、安心しますし、その安心を得ることで子どもの様子に対して、冷静に対応できるようになります。

この安心がどれだけ大きいか、お母さんたちに必要かはについては、私の想像を超えていました。献立塾を立ち上げたことで塾生から、生の声で「知れてよかった」と教えていただきました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
②嫌い・苦手な原因を

★食べ物の特徴
★料理によっておこる味や食感の変化の特徴

の2側面から見て、子供の”嫌い”という感覚に何が触れるているのかという傾向をつかむ。この際には、「好きな食べ物」「食べられる料理」の特徴も加味します。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

これを知れば「食べられるレシピ」を探して探して大変な思いをしなくて良くなります。もちろん、知るだけでそれ以外は何もしなくてもよいなんてことは無いですが、知らないとトンチンカンな対応方法を取ってしまいます。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
③”食べられない”を一層強化してしまっている食品をやめていく。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
脳が無意識に求める栄養素を純度の高い方法で摂るのを止めます。
そうすることで、脳や体にとって必要な栄養素が含まれる食材を
受け入れられる幅が
無理なく広がるため、お母さんが驚くほど、食べられる食材や料理が広がります。

子どもは本来、自分が食べたらよい物や量を自分の身体で知っています。しかし、それらが「加工」や「外の基準」により分かりにくくなっているため、

子どもの「これは食べていいの?(毒じゃない?)」という
センサーが異常に(過敏に)働き、非常に警戒心の強い状態を
生んでしまっているのです。

これらの状態は、非常に深刻な表情で伝えられることはなく、
ものすごく「嫌そうな顔」だったり、「わがままな言い方」で伝えてきます。悪気があって言っているわけではありませんが、お母さんだって神ではありませんから、言われ方によっては、普通にイラつきますよ(笑)

私は「うちの子、〇〇なんです」という些細な事でも、この3側面からアプローチします。生まれ持った「髪の色」「目の色」は変えられませんが、それをとても魅力的に表現したり、特徴を生かしたコーディネートをすることはいくらでも可能ですよね。その方が楽しいですよね。

 

味覚も同じ。直そう直そうとするのではなく、特徴を知り、それを生かしていくことで「少食・偏食をするっと解決する道」が開けます。

 

 

①は国民全員が知っておいた方が良いですが、②と③は子供が1歳半~5歳くらいまでの間に偏食が始まってしまって、「偏食がちでよくないなぁ~」と思ったのに、放置してしまった7歳~12歳くらいのお子さんにとてもとても有効です。

一番やってはいけないことは、食べるからと言って、食べる商品(料理)だけを与え続ける事です。

 

味覚が繊細なお子さんは「拒否」も多いですから、親としては心折れるシーンが多いわけです。親は日常生活で他にもやることがいっぱいありますから、「食事ばっかりに構ってられない!」とイライラするかもしれません。

ですが、この「食べる」という生きるために必要な根本的なことへの
対処を、早々に諦めてしまったら、本来、もっともっとスムーズに運ぶはずの「成長過程で起こるいろんなこと」がややこしくなるのです。

食べられる食材や食べられる味付けでレパートリーは増やすことができます。まずはここからスタートすることで「お母さんの心の安心拠点」に片足を固定することができるので取り組みやすいです。

また、

やめた方がいい食習慣をやめ(例えば、食事中にお茶や水をいっぱい飲ますとか)、食べなくてもいい食品をやめる(例えば、プロテイン入りのドリンクや甘味の入ったヨーグルト)ことで、

食べられる物や料理が増えるので、食事の準備をする側としては
選択肢が増え、心も手間も楽になります。

「やめること」
これが肝になります。

料理が苦手と思っているのは「子どもが食べてくれない」
という外的な要因で、自分で勝手に「料理が苦手」と思い込んでいるだけというケースもあります。

本当は十分上手だったり、頑張る必要ない部分を頑張っちゃってたりします(^_-)-☆
※自分の親の影響を強く受け、「子どもの食事はこうするべき」と思い込んでしまっています。

味覚が繊細で、味にうるさい子は、創造力が豊かで、観察力も鋭いという素晴らしい感性をお持ちです。

食べる事というのは、元来「死」との隣り合わせでした。食べ物で命を落としたことで、「食べられない?食べられる?」を知ることができたという酷な現実があります。私達は沢山の犠牲のもとに、
今、生きられているとも言えます。

ですから、私達の身体は「食べる」ということに対して、「危険かもしれないので気を付けろ」ということをセットで覚えています。同時に、安全に作用するように、身体は一生懸命適応してきました。

繊細なお子さんは、このセンサーまでもが繊細に働くことにより、様々な物が「食べられない」となってしまうのかもしれません。

子どもの中で起こっている想像と現実は「違うんだよ」というのを
子ども自身が知る必要があります。想像の中にあった「虚像」を壊し、食べ物に対してのその子なりの「偏見」を修正していき…

「食べる事は安心」の域を広げていく日々の 些細な積み重ねが結果として大きな可能性を開くと感じます。

また、「何でも食べられることがいい事ではない」「子どもの味覚は育てるもの」という親の視点も必要ですね(^_-)-☆

★★★★★
ここからは、味覚が繊細だった私自身の幼少期のこともちょっと含めて お伝えしますね。

私自身は、今でこそ人の前で話す人ですし、10代のころに自尊心を鍛える経験を積みましたが、もともとの性質(素性)は繊細で内向的。HSPの診断項目に100%近く当てはまる 繊細気質を有しています。
★★★★★

小さい頃、美味しくないものを食べる事は、精神的にとてもとても苦痛でした。きらいなおかずを、無理やり食べさせられることは、罰が与えられているように感じ、自分の存在を否定されているように感じていたのだと思います。

当時は、そこまで言葉が浮かびませんでしたし、自分の内的感覚を捉えることはできませんでした。

ただただ、食事の時間がくると「胸のあたりがズキズキと重い」「食べる事が好きなのに、食事の時間への怖さも感じている」「食事が終わったら、お菓子を食べたくなる」という感じが自分の一部分にある
という感覚だったかな!

私の祖母も母も、手作りの物を中心に、食事もパンもおやつも心を込めて作ってくれたし、ちゃんと食べさせてくれました。

それでも、私は嫌いな食材や料理が沢山ありました。不満もありました。「全部、美味しい物だったらいいのに」と、ひそかに思っていましたね。(笑)!!!

 

育ててくれた人たちを責めたり、否定したりする魂胆は一切ありません。

ただ、当時、私の生まれ持った気質である繊細性が、食事というシーンで思いがけない反応を生み出していたいう事実に、誰も気づいていなかったということ。ただそれだけです。誰も悪くありません。

 

今、改めて思います。おいしくない、と感じることは「自分が外部から攻撃されている」という感覚とリンクしやすいです。
続くと、心萎えますので、それに関連して色々と過敏になったり消極的になったり、理屈こねて正しさを主張したりします。

逆に、美味しい物を食べると「自分は受け入れられている」という感覚とリンクしやすいです。これは「安心」という感覚がもたらす神経系的な反応です。私だけに起こることではありません。

食べるということがもたらすその先の反応は、積み重なることで人生に大きく影響していきます。自分の人生を振り返ることで当時は分からなかったことにも改めて気付くことができます。

お子さんの食事についてや食事作りそのものについて、または「食習慣」についてお困りごとがあるなら、自分自身の幼少期を振り返ってみるのもおすすめです。そこには、現状の問題を解決するための
根本的なヒントが眠っていますから(^_-)-☆

母親としてどんなに食事作りで尽くしたとしても、子どもは子供なりの感覚で捉えることしかできないのだから、文句もあるし、嫌な物もあるし、食べたくないものだってあります。

今、自分の繊細性を受け入れたうえで子どもと母親の両方を経験して
思うのは、母親としてどんなに尽くしても、その結果や反応を子どもに求めてはならないということです。

期待はしないけど、信頼はする。食の知識を得て、
淡々と、ラクに実践するのみ。子供たちの反応を楽しみに(つまり期待)食事作りをしているとすぐに力尽きます。

子どもたちの「美味しいね」は、もらえる予定の無かったボーナスみたいなもんです。私は臨時ボーナスも嬉しいので、やったーーーー!と喜びますが、それだけを求めて食事作りはしません。

その方がとっても楽だし、食事作りで悩まないから、物理的な自分の時間はたっぷりある。(子供が小学校に上がるまでは今よりは少なかったです。)

献立なんて考えないから脳内のメモリーも余ります。メモリ余ると、日常で起こる様々な「え~~!?」というでき事に対して余裕をもって対応できるので、子育てが楽に感じますよ。子育てのかなめは食育にあり、です。(^_-)-☆

色々書きましたが

食が変われば 体が変わり、
体が変われば 感じ方が変わり、

感じ方が変われば考え方が変わります。性格が変わると表現される方もいますね。性格が変われば 人生変わります(*^-^*)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA